「こころの元気+」2007年11月号より
アドヒアランスに必要なのはよいコミュニケーション
岩田仲生/藤田保健衛生大学医学部精神医学教室教授
陰性症状の例
いつも薬をのみ忘れてしまうAさんは、週に一回のデイケアに外出する他は、ほとんど自宅に閉じこもっています。
家族に言われないとお風呂にも入らず、ときどき大きな声でゲラゲラと一人笑いをしています。薬は三日に一回のむ程度で後は忘れてしまいます。
薬は睡眠を助ける意味もあり、寝る前一回にしてありました。しかし症状の改善があまりよくないことから、ご家族に服用の支援をお願いすると同時に、夕食時に家族の前で薬をのむようにしてもらいました。すると今度は忘れずのめるようになり、しばらくすると一人笑いはほとんどなくなって、身の回りのことも進んでするようになってきました。
副作用の例
B君は少量の薬で、じっとしておれない、体が震えてしまうという副作用が出る、とのことで、どの薬もしっかりのんでくれません。
そのためかすぐに悪化して入退院を繰り返しています。入院したときは薬をのんでくれて、すぐに軽快します。こちらから見ると特に薬をのんだときに副作用が悪化しているようにはみえません。本人は薬の副作用と思いこんでいて、やはり退院してしばらくすると勝手にやめてしまうのです。
そこで服薬と症状の記録表を丹念につけて毎回薬剤師の先生と話しあうことを提案しました。本人は相変わらず副作用であるとゆずらないですが、服薬は続けるようになりました。以前のように入院することはなくなりました。
誇大妄想の例
C君は「いつも念じると世界がそのようになる」など、どうやら誇大妄想があるようです。活発な幻覚体験から統合失調症と診断して本人・家族に病名を告げて、薬をのむようにと処方しました。
本人に服薬について確認するとすべてのんでいるとのこと。母親も、いつも薬の殻が全部出てくるので服用していると思う、と言います。
ある日のこと、診察室に入ってくるなり、こう打ち明けられました。「実は先生、僕はもらった薬は最初から最後まで一回ものんでいないんです。家族に気づかれないように、全部捨てていたんです。その代わりに神様の水を飲んでいました。それでここまでよくなったんです。だからもう先生の診察も薬もいりません。これからは自分で治します」
しまった、と思いましたが後の祭りでした。その後しばらくして彼はひどい状態となって入院し、長い間隔離室から出られない状態を余儀なくされました。ご本人・ご家族にたいへん申し訳ないことになってしまいました。
まわりの人とのコミュニケーションを持ち続けること
アドヒアランスとは何よりまず、自分のことを自分でわかるところから始まります。
「病気への気づき」、「病識」とも言いますが、そもそも薬とは病気を治す・予防するためにのむものですから、その前に自分が病気であると気づくことが大切です。
ご自身が病気になる、しかも心の病気になるというのを受け入れるのは、実はたいへんつらいことです。また心の病気の特徴として、自分のことを自分でうまく気づけなくなってしまうことがあります。
一体どうしたらよいのでしょうか?私は、困っているときこそ、一人だけでがんばらないことがうまく切り抜けるコツだとおすすめします。
ご自身のまわりを見てください。あなたの力になってあげようとするサポーターが実はたくさんいませんか?そうした人の助けを受け止めて一緒にやっていくとうまくいくものです。
アドヒアランスとは薬をのみ続けることではありますが、実は自分と自分を助けてくれる人たちとのよいコミュニケーションを持ち続けることだと私は思っています。