「こころの元気+」2007年10月号より
再発のたびに新たな気づきを!
高木俊介/京都府/たかぎクリニック院長
再発は人生の失敗か?
世の中には「失敗は成功のもと」という言葉があります。これはとてももっともな言葉です。最初に成功してしまうと、それがほんとうはタマタマのことであっても、人間というものはそれが自分の実力だと勘違いしてしまうものです。
それよりは、失敗してそこから失敗した原因を謙虚に学んでこそ、その次は実力で成功するチャンスがつかめるというものです。
そうは言っても「じゃあ失敗から始めてみよう!」という奇特な人はなかなかいません。
たいていの人がずっと変わらない生活をしながらもちゃんと食っていけるような世の中であれば、人生の失敗とか成功とかにこだわることもなかったんですね。
それが、明日は今日よりもずっと世の中が変わっていく、というのが今の時代です。人間は子供の頃から競争して人よりうまくいけば成功、そうでなければ失敗であると頭にたたき込まれます。その結果皆が失敗を極度に怖がる世の中になったのです。
病気で倒れる、ということは、こういう世の中になってからは特に失敗の最たるもののように思われるようになりました。
若いときに発症することの多い精神的な病気は、それが病気であるにすぎないのに、まるで人生そのものが失敗したように、本人にもまわりにも思えてしまうようになったのです。
人生は科学ではない
これは、ちょっと想像です。夏は農耕で暮らして、冬は雪深い家のなかにこもってしまうしかない生活でやっていける世の中では、季節性うつ病が冬の度に「再発」を繰り返すことは、とても理にかなったことだったかもしれません。
毎日が平穏に変わらず過ぎていく小さな社会では、ときどき神様の声が聞こえるようになる統合失調症の人は、特別な世界と交信する能力をもった人として尊敬されていました。
村の人たちは困ったことがあると、彼の「再発」を期待していたかもしれません。「失敗は成功のもと」を地でいく人生ですね。
さて、とはいっても再発はしないほうがいいに決まっている、第一、病気が悪くなるのはしんどいことです。でも、もしかしてこの本を読んでいる皆さんは、すでに再発を繰り返したことのある方が多いはずです。ここで勉強して、もう再発しないようにするぞ、そう思って読んでいる人もいるでしょう。
もちろん、統合失調症も躁うつ病も、あるときから再発しなくなる――つまり治ってしまうことが充分ある病気です。その目標に向かって、自分もまわりも努力することは、とても大事なことです。
しかし、残念ながら、「これで再発は防げる」という確実な方法はわかっていません。
精神障害に限らず、病気というものは個人個人に特別な事情がからまってよくなったり、悪くなったりするものです。科学(医学)的研究といわれる統計処理にはあてはまらないことが多いのです。
科学(医学)は人生に役立ちはしますが、人生は科学ではありません。
どう受けとめるのか
そう考えると、もちろん再発を防ぐための手だてをいろいろ工夫することはよいことですが、それ以上に、避けられないかもしれない再発をどう受けとめるかということが大事です。
私は、いろいろな再発防止方法の宣伝や心理教育の中でもっとも忘れられているのが、ここのところだと思っています。
再発をただただマイナスにとらえておいて、その予防法を教えることは、たとえそれが善意でやっていることだとしても、人を不安にさせておいて自分たちの信じるところをおしつける悪質な宗教のやっていることと同じです。
私のみるところ、いろいろな勉強をして、自分の再発のサインについてもよく知っていながら再発する人は、そもそも再発について過剰にビクビクして、普段からの生活全体が、病気が再発しないためにするものになっているような人が多いようです。
「再発のサイン」があると、かえってドキンとなり、頭がよけいパニックになって再発を促進してしまう人です。「模擬試験には強いのに本番に弱い」タイプの人でしょう。
しかし、このような人の場合、本人がプレッシャーに弱いというより、本人以上に家族が再発を過剰に怖れています。普段はとてもやさしく保護的な家族が、再発のサインをみつけるやいなや、本人を叱りつけて寝かせようとしたり外に出ないようにしたりすることが多いと思います。それからもうひとつのタイプですが、再発しそうになるときに限って、よけいにがんばってしまうタイプの人がいます。精神障害の種類に限らず、病気が悪くなりそうなときには、心おだやかに静かでいられる環境をつくることが大事です。
ところが、たとえばうつ病の人は、再発しそうになるほど、普段のがんばりぐせと几帳面さを発揮してしまいます。本人としては、ここでもうひとがんばりすれば、苦しいところを超えられる、と思っているようです。
しかしたいていはそのがんばりが再発に結びつきます。「火事場のクソ力は便失禁のもと」です。
統合失調症の人でも、再発が近づくと、「今度こそは薬や医者の力に頼らずに乗り越えてみせてやるぜぃ」と、いつもはきちんと通院していた病院、のんでいた薬をやめてしまう人たちがいます。
こうしたタイプの人たちのつらいところは、「私はあんなにがんばったのにやっぱり再発してしまった。私はなんてダメなんだ」と思ってしまうことです。再発を防ぐ、ということは広い意味で自己コントロールを身につけるということです。それには、自尊心、つまり自分を大切に思っている、自分の力をどこかで信頼しているということが大事です。
再発は回復のもと
ただ、ここでもちょっと注意。「自己コントロール」とか「自尊心」とか、文章に書くと、さもドエライもののように思えます。しかし、これにも完全なものはありません。
「自己コントロール」が強すぎる人や「自尊心」が強すぎる人が、世の中ではいかに恋愛で失敗している人が多いことかと、まわりを見渡してみただけでわかります。
男と女であれ、家族関係であれ、治療者との関係であれ、人と人との関係では、これらに多少頼りないところがあるほうがよいのです。
今回指摘したようなタイプの人たちは、「再発防止の努力が空回りしている」タイプの人たちです。
しかし、こういう努力の仕方をする人たちは、再発が多いかもしれないかわりに、このような性格や気持ち方のために、病気が治まっているときの人生が充実しやすい人たちではないでしょうか。
ですからまず、再発を失敗――つまりダメなもの、と考えずに、再発するたびに新たな気づきを体験できるもの、知恵のもと、と考える方がよいように思います(こういうタイプの人が一番この雑誌を読んでいるのではないかと思い、今回のテーマにしました。いわゆる病識がないために治療・養生を拒否している精神障害を持っている方がいるご家族のご心配には、今回はお応えできなかったかもしれません)。
そんな皆さんが、再発を過剰に怖がらず、再発してもそのたびに賢くなっていくことには、大切な余得があります。
多くの精神科治療者も、まだまだ再発を治療の失敗と考えています。そのために、自分の患者さんが再発するとガッカリしてしまい、そのガッカリが患者さん本人にもご家族にも伝染するのです。
そんな治療者を、再発しても大丈夫、とエンパワーメントしてあげる仕事は、他の多くの精神障害者の人にもめぐりめぐって役立つ仕事になります。
やりがいがあるでしょ、再発って?
「失敗は成功のもと、再発は回復のもと」
です。「人生七転び八起き」ということわざもあります。
それにもう一つ本誌の読者に教えちゃいましょう。この本の発行元は「COMHBO」というNPOです。一字入れ変えると「CHOMBO」、つまりチョンボ(「小さな失敗」の意味)です。
「人生ちょっとチョンボがよい」でした。オソマツ!