症状が悪くなったらすぐに薬を変えるべきなのか?(医師)


「こころの元気+」2007年6月号より
症状が悪くなったらすぐに薬を変えるべきなのか?

西尾雅明/東北福祉大学


調子が悪いことの背景

精神科治療のなかで薬物療法は重要な役割を果たしています。統合失調症を例にとると、急性期の症状が強いときには脳神経の情報を伝える仕組みに乱れが生じており、それを本来の機能に戻す役割を担うのが薬物療法の意義の一つです。
また、多くの調査から、安定しているときでも最低限の薬物療法を継続することで、再発を防ぎやすくなることが明らかになっています。では「調子が悪い」ときにすぐに薬を増やしたり、種類を変えるとよいのでしょうか?
人によって、状況によって、この質問への回答は異なるでしょう。不眠が続いたり周囲の音に過敏になり始めたときに早期に薬の量を増やすことによって、重い再発を防ぐことができるかもしれません。
また、それまでの薬で充分な効果が得られなかった場合、不調をきっかけに新しい薬に変えることが必要になるかもしれません。
日本ではいまだに治療薬の多剤大量投与が多くみられています。単剤少量投与が薦められているのにそれが実現できない理由は何でしょうか?
私は、外来診療のレベルでいえば、三分診療の弊害が大きいと考えています。「調子が悪い」ときの背景にある環境因子を把握する充分な時間がなく、じっくりと話に耳を傾ける余裕もない状況で、本人も医師も「何かしてもらった」、「何かしてあげた」と安心できる最も安易な方法が、薬の増量と処方変更なのです。

環境を調整する必要

実際には環境の変化が功を奏して調子が戻っても、本人も治療者も「薬が効いた」と思いこむと、それが本質的ではない処方変更を繰り返す「根拠」になってしまいます。
私はACTというプログラムにかかわっています。ACTとは、多職種の専門家が二四時間体制で訪問を中心に包括的なサービスを提供し、重い精神障害をもつ人たちの地域生活を支援するプログラムのことです。そのACTの医師として診療をした経験から学んだことがあります。
利用者の方がきちんと服薬を続けていたにもかかわらず「調子が悪い」と診察時に話されることがありました。その場合、ご家族との感情的なもつれや経済的不安からくる環境的な問題が大きかったのです。それをスタッフが訪問の形でていねいに調整することで、処方を変えずにやっていける場合が多い、ということを学んだのです。患者さんが不調であるときに、心理的な支援や環境調整が必要であり、そして、そのことが効果的であるはずの場合でも、三分診療では処方変更だけで対応するため、結果として薬が増えていくことになります。
あたりまえのことをするだけで余分な薬をのまずにすむ可能性があるなら、医療機関も「忙しいので三分診療しかできません」と開きなおらず、改善する方向で努力するべきです。

支援者を見つけよう

私は可能な限り、「薬の処方を変更することと、環境を調整することが重なってしまうと、どちらが影響したかわかりづらくなるので、時期をずらす」旨を利用者に伝え、入院時や主治医変更時には処方は変えずに経過をみるようにします。
処方を変えずに不調から回復する経験がもてると、それがその後の薬の減量にもつながっていきます。もちろん、包括的支援の視点からは、薬と環境調整のどちらか一方でよいということはありませんし、緊急性への配慮も必要になるでしょう。
しかし、①食欲や睡眠など生命維持のための最低限の機能が保たれている、②特定の人や場所、生活上のできごとなど、状況によって調子が左右されやすい、③不調になっても一日のうちや数日単位で持ち直すことが多い、④自分の好きなことや関心があることにはそれなりに取り組めている、などの状況がそろっているのであれば、薬の処方を変更する前に、環境を見直す工夫を支援者と一緒に試してみてもよいのではないでしょうか?
そのためにも、主治医以外に信頼できる支援者を見つけることをおすすめします。