「こころの元気+」2007年4月号より
横山恵子/埼玉県立大学保健医療福祉学部助教授
現在は大学で精神看護学の教員をしていますが、その前は、精神科病院の開設準備、そして精神科医療に従事してきました。
開設準備での忘れられないエピソードがあります。社会復帰担当のソーシャルワーカーから、「僕たちはね、病院でしたことの尻ぬぐいをしてるんだよ」と言われました。
「たとえば、病棟では灰皿に水を入れるでしょう。だから退院しても、彼らは吸い殻を灰皿に投げ込んで、もみ消さない。それで、灰皿から火事になるんだ」と、それは私にとっては大きなショックでした。
医療者(専門家)の問題
看護者も含めて医療者は患者さんの安全・安楽を第一に考えます。病棟では安全のために、大きな灰皿に水を入れていましたが、会社や家庭ではそのようなことはしないでしょう。
このような危険に配慮した対応が、時には患者さんの社会性や生きる力を奪うことにもなります。短期間の入院であれば問題はないのですが、長期入院や退院生活に向けた訓練では大きな弊害となるわけです。
事件・事故が起きれば、施設責任が問われます。そのため、社会性・自立性を損なわないような環境の設定や、過去に問題を起こしたことのある患者さんの外出や退院の決定に、「大丈夫なのか」「誰が責任をとるのか」と管理者から思わぬ制約を受けることもあります。
患者さんの安全と自立の尊重は、両極の関係になりやすいのです。専門家は、本人の希望にそって一緒に挑戦する意欲を高めていくことが大切です。その希望が無茶に思えたら、挑戦するタイミングや失敗しても立ち直れるような計画を本人と共に準備をしておくことです。
失敗することも本人の権利だと考え、失敗は成功のもととなるように関わることが必要だと考えています。
家族の問題
育て方が病気の原因ではないとわかっても、親は病気にしてしまったという自責感を抱え、子どもの幸せを願って、自分の人生を捧げてでも、子どもを守ろうとします。しかし、時にはそれが裏目に出ます。
ある当事者Aさんは、「僕をもっと放っておいてほしい。夜一〇時頃自分の部屋に行くと、親はそれから最低四回は見に来るんです。僕はガラスの部屋のなかでいつも監視されているようです」と言いました。
親の見守りは、子どもにとっては監視の目であり、自分を信用していないように思えて、自信を失わせます。Bさんからこんな話も聞きました。入院中は家族中が心配して、家中がぎしぎししていたそうです。
「僕の具合が悪いからダメなんだ。早くよくならなくちゃ」と気持ちは焦るばかりで、病状が安定せずに何度も入退院を繰り返しました。
その後、デイケアに通い、思いきって行った海外旅行で、自信をつけて、めきめき元気になっていきました。今では、「僕は具合が悪いから寝てるよ」と言うと、家族は「あっそう」と放っておいてくれるそうです。放っておいてくれるから、いろいろなことに挑戦できると言います。
彼にとって家は「心安らぐ場所」です。この存在があればこそ、安心して飛び出していけるのだと思います。周囲に迷惑がかかるからと必死で抱え込んで、本人の自立の芽を摘んでいないでしょうか。
「親なき後」を心配するのではなく、親の元気なうちに失敗体験をたくさんしてもらって、地域で支援を受けながら生活できるように準備をすることが大切なのではないでしょうか。
親が思い切って旅行に出かけたら、思いがけず家事をきちんとしてくれて驚いたという話を聞きます。干渉のし過ぎにならずに、批判せずに本人を信頼することが大切です。
「自分でできることは自分でしてもらう」ことはもちろんですが、むずかしいことにも挑戦する勇気を、本人と共に持つことです。経験から直接学んだことは、そのまま自信につながると考えます。
本人の問題
精神病、特に統合失調症は思春期や青年期に発病するので、「旅立ちの病気」とか、「自立の病」と言われます。増野肇氏は、「統合失調症の人は、小さいときからおとなしく、親の言うことによく従う、反抗期のない人が多い。冒険を避けて社会的体験を充分にしないで過ごしてしまったので、ストレスへの抵抗をさらに弱くして、発病につながった」と言います。
不安や焦り、孤独の気持ちが強いので、どうしても臆病になりがちですが、身近なことから一歩を踏み出してください。しかし、勇気を出して踏み出そうとしたら、思いがけずストップをかけられることがあります。周囲はあなたを愛しているからこそ、心配するのです。でも、自分で決めたことですから、自分の思いを充分に表現して、お互いが納得のいくまで話し合いましょう。
あなたの将来の夢は何ですか? そのために、今できることは何ですか?そこから一歩が始まると思います。
第一歩を踏み出すときのポイント
■段階的に考える
目標に効果的に到達するためには計画が必要です。一朝一夕にはできません。
仲間の体験にヒントがあるかもしれません。周囲のアドバイスをもらうのもいいと思います。
■七五点主義
精神の障害は見えにくいので、一般の人と混じって、もうこれ以上やれないところまでがんばって、疲れ切ってしまいがちです。無理をしないことが大切です。一〇〇点を追求するのではなく、七五点主義が大事です。
■再発を恐れない
再発をしないにこしたことはありませんが、正しい対処ができれば再発もよい学習の機会といえます。再発を恐れるあまり、冒険をさけ、家から出ない、出さないという人たちがいます。刺激のない生活をしていると、病気の陰性症状を強化してしまい、その結果として慢性化につながります。
再発をしないのではなく、再発をこじらせないようにすること、再発を有効に利用することが大切です。再発したときには、またやり直せばいいのです。安心できる病院で、ちょっと休息のつもりで入院すればいいのです。
■責任と努力
自分で決めて行動したことの結果は、人のせいにせず、自分で責任をとることです。
統合失調症の当事者である徳山大英氏は「病気のせいにせず、努力して義務を果たすこと。その積み重ねが自信と回復につながる」と言います。うまくいかなかったときは、今度はどうしたらうまくいくだろうかと考えることです。
■日頃から信頼できる相談者を持つ
人は誰でも一人では生きられません。周囲の支援を遠慮なく受けましょう。がんばっているときには特に「トンネル現象」といって、自分の状況が見えなくなりがちだといわれます。いつも信頼できる相談者を身近に持っていることが大切です。
■病気を開示したい
仕事につく際に、この病気があることを隠すかどうかが悩みの種になります。病気を隠していると、どうしても隠していることがストレスとなり、前進しようとする時のブレーキになりがちです。隠さない生き方がしたいです。できないという思いこみは、誰もが持っています。その思い込みから脱皮し、突破する原動力になるのはあなた自身の勇気だと思います。
本人も家族も、一回しかない自分の人生を、自分らしく生きようではありませんか。それがお互いの幸せにつながるのだと思います。
(参考文献)増野肇「みんな一緒に生きている 統合失調症理解のために 第3版」(やどかり出版 二〇〇四)/徳山大英「精神医療ユーザーの現状と声 自立と家族」(「精神科看護」二〇〇七年二月号)