特集1
親が変われば子も変わる(209号)
○「こころの元気+」2024年7月号より
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筆者:高森信子(SSTリーダー)
(※高森さんの本は →コチラ)
▼お母さん変わったよ
「お母さん変わったよ~、お母さん変わったよ~」
その明るい大声は、私がAさん宅の玄関でAさん(母親)とあいさつしているとき、家の居間のほうから聞こえた娘さんの声でした。
姿は現わさない娘さんでしたが、私が訪れたことを知って、出会いの順序はさておいて、私に一番伝えたかった一言を叫んだのでしょう。
以前聞いたAさんの困りごとは、閉じこもり中の息子さんと娘さんのことでした。
Aさん宅まで10数分で行ける距離でしたので、この日は2人のお子さんとの出会いを目的としての訪問となったわけです。
そしてこの冒頭の言葉です。
私は「あぁよい方向に親子関係はいっているのだな。Aさん努力したんだ。えらい! 娘さんは敏感だから母親の変化を感じとってうれしかったんだ。この言葉は私にとって何よりのごちそうの言葉だ」
と、心が熱い思いに満たされました。
それからのひととき、息子さんも娘さんも初対面の私を受け入れてくれて、ゆったりとした空間の中でおだやかな会話が流れました。
そして何と帰りには、息子さんが私を車で送ると言い出したのです。
後日、私はAさんに電話で聞きました。
「あなたは何を変えたの?」と。
Aさんの返事は、
「私は子どもを自分の理想とする人間にしたかったの。それをやめたの」でした。
▼親が変われば
以前、地方都市での家族集会を依頼されたときに女性会長さんから、
「集会のタイトルに『親が変われば子も変わる』を使わないでください。病気の息子が『お母さん、何回も勉強会だって言って出かけるけれど、少しも変わってないじゃん。勉強会に行くより、家にいておいしい食事を作ってくれるほうが、僕の病気はよっぽどよくなると思うよ』と毎度言われるので、そのタイトルが嫌なんです」
と言われ、別のタイトルにしたことがあります。
◆ストレスは
でも、当時の「ぜんかれん(みんなネットの前の組織)」時代に行った当事者向けのアンケート「ストレスを誰から受けるか」の集計結果としては、トップに「家族」があがったのです。
当事者さんは、自分でもびっくりする陽性症状(※)の後、長い陰性症状(※)の生活で社会に出ることも叶わず、家の中で家族と向き合っての日々が延々と続くのです。
(※統合失調症の症状で、陽性症状は幻聴や妄想などがあるような状態で急性期に現れ、陰性症状は感情や意欲の低下などで、徐々に目立ってくることが多い)
家族は、特に親は子どもを愛しているので、何とか病気を治してあげたいと思っています。
親も不安なのです。
親は、子どもを落伍者にするわけにはいかないあせりもあって、自分の理解できない妄想や幻聴も否定して、
「日本は世界で一番治安のよい平和な国なんだよ。そんなことありえない。今病気だからそういう考えが出てくるんだよ。そんなことより『親亡き後』のことを、これは現実にくることだから、まじめに考えてよ。それでやっていけるつもり?」
当事者さんが一番困るのがこの最後の言葉だと聞いたことがあります。
「今日一日、生きることだけで精一杯なのに、返事のしようのない質問をしてくる。ただでさえ不安なのに…一番不安になる言葉を言ってくる」と。
◆家族の役割
当事者さんは敏感だからストレスを受けやすく、不安との戦いの連続なのです。
だから家族は安心をあげる役割に徹してほしいのです。
なので、当事者さんは当然のように「ストレスを与えない家族に変わってほしい」と心から切に願っています。
親が変わるということは、子どもへの愛が根底にあるから可能なのです。
▼自分と未来を変える
『相手と過去は変わらない。けれど、自分と未来は変えられる』
この言葉の一例をあげてみましょう。
家族SSTの集会の終わりの質問タイムのときです。
家族(父親)が手をあげました。
「私はオープンダイアローグ(※)をすばらしい治療法だと思います。私は自分の娘にそれをやりたいのです。でも娘は口を一言も開こうとしないのです。会話にならないのです。どうしたらいいですか?」
(※オープンダイアローグ:「開かれた対話」という意味の新たなケアの手法。「こんぼ亭リターンズ2024」でも取り上げるテーマです)
私は、
「あなたはえらい。家族として父親として娘さんを愛しているからオープンダイアローグの情報が目に止まり、『これを娘にやれば薬漬けにしないで病気を癒すことができる。そうだ! これだ!』と。しかし実際に娘さんを前にしたら一言も話してくれないということですね」
◆変わりやすいように
「『相手と過去は変わらない』という『相手』が娘さんなんですよ。でも、後半の言葉『自分と未来は変えられる』が重要です。あなたのレベルに娘さんを引き上げようとするから娘さんはしゃべらない。あなたが娘さんのレベルに合わせれば、つまりあなたが、娘さんが変わりやすいように変われば、未来は変えられる」と言いました。
◆段階を踏んで
そして具体的に、
①「娘さんはあなたと会話をしたくない現在位置にいる方だから、今は声かけだけをする。明るくあいさつし、『今日は暑くなるよ』『ケーキ買ってきたよ』『雨になるらしいよ』…、つまり返事を求めない言葉です」
②「次の段階は、ほめる言葉や感謝の言葉など。『その服似合うね』『箸の持ち方じょうずだね』『ごみ出しありがとう』『お父さんの娘でいてくれてありがとう』」
③「娘さんの反応がよくなってきて、『おはよう』と言ったら、未来が見えてきたということ。希望を持ってあせらずに娘さんのレベルに合わすこと。つまり、引き上げるのでなく寄り添ってあげてください。
④娘さんが、あなたに安心して心を開いて自分の気持ちが言えるようになったら、オープンダイアローグを考えましょう。あなたが変わることで、娘さんも未来も変わるのです」
と説明をしました。
親が変わるということは、子どもが変わりやすいように、先に変わってあげるサービスなのです。
▼気持ちをわかってくれない
数年前、Bさん(SSTの女性メンバー)が母親を連れて家族SSTに参加しました。
Bさん曰く、
「母が私をわかってくれないのです。母と会話すると母はすぐ『わかった、わかった』と言うのです。でも私には母がわかったようには感じられず困っています。母が本当に私の気持ちをわかるように、話の仕方を教えてください」
とのことでした。
この問題は前述の「ぜんかれん」の時代に当事者の希望「家族にどうなってほしいのか」のアンケート調査をした結果の第1位「もっと私の気持ちをわかってほしい」とあるように、多くの当事者が願っていることなのです。
ちなみに、第2位は「ツベコベ指示しないでほしい」で、
第3位は「私を傷つける言動をしないでほしい」でした。
第4位、第5位…とまだまだあるのですが、家族に変わってほしいと思うことがらが数々あるのです。
◆ポイントをもとに
そこで私は、以上の説明を家族SSTの参加者にもしたうえで、Bさんの親子共々『表:相手の気持ちをわかるための大切なポイント』の資料(以下)をもとに練習をしました。
① 関心表明 | コミニケーションの基本です。行動で表現する 1.視線を合わせる 2.手を使って表現する 3.身をのり出して話をする 4.はっきりと大きな声 5.明るい表情 6.話の内容が適切 |
② 反復確認 | 言った言葉をくり返す 1.その効果はくり返すことで正確に聞いた証拠となる 2.くり返すことで時間がかかり、相手は大事にされたと思う 3.自分が言ったと思ってくり返すと相手の気持ちがわかってくる 4.同じ言葉を言うので相手の脳に状況変化を起こさない |
③ 話が具体的になるための質問 | |
④ 共感の言葉 | ★同意ではない ②と③をくり返すと共感ができる |
⑤ 自分の考え |
Bさんの母親はBさんを愛していたので真剣に練習し、「私はすぐ⑤の自分の考えを言っていました。仕事もして忙しかったので、娘が『頭が痛い』と言えば『ハイ薬!』と言う私でした」と大事なことに気づいてくれたのです。
▼家族が話を聴くことで
「家族が話を聴くことは治療的役割」と、故、宮内先生はご本の中で述べられていらっしゃいますが、まさにそれを実践してみごとに娘さんとの関係を改善したCさんの例をご紹介しましょう。
Cさんは、娘さんの困りごとが多いので、どこから解決したらいいのか途方に暮れる日々でした。
家族SSTで話の仕方を練習したので、困りごとはさておいて、ひたすら助言や忠告を言わず、聴くだけに徹したそうです。
そして共感です。
すると娘さんの問題行動には一切触れていないのに、不思議なことに一つひとつ困りごとが消えていったそうです。
今は娘さんと信頼関係もできて家事も手伝ってくれて、Cさんは1日に何回も「ありがとう、ありがとう」と言っているそうです。
▼世界が広がる
相手が変りやすいように、自分が先に変わってあげると楽な世界が広がってきますよ。