特集1 セルフ・コンパッションという自分との向き合い方(207号)


特集1
セルフ・コンパッションという自分との向き合い方(207号)
○「こころの元気+2024年5月号より
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筆者
宮川裕基
(追手門学院大学心理学部 講師)


はじめに

「職場の人間関係が大変」
「家族や友人達との思いのすれ違い」
「子育てであわただしい」
どうすればつらいできごとにうまく対処し、気持ちの波が生じてもうまく波乗りできるのでしょうか。

ここでは「セルフ・コンパッション(self-compassion)」という自分自身に思いやりを向けるという方法をご紹介いたします。


セルフ・コンパッションとは?

思いやりとは他者に対して注ぐもの、あるいは他者から受け取るものだと思う方もいることでしょう。
実は、思いやりは自分に対しても向けることができ、文化や年代を問わず、そのような自分に対する思いやり(セルフ・コンパッション)は心と身体の健康を促進させます。

3領域

では、どのようにすれば、自分に対して思いやりを注ぐことができるのでしょうか。

クリスティン・ネフ博士によれば、セルフ・コンパッションを示すには、

1.苦しみへの注意の向け方
2.苦しみの意味づけ方
3.自分の気持ちの感じ方

という3領域で、
「自分の大切さを上げる反応」をとって、「自分の大切さを下げる反応」をとらないようにすることが求められます(図1(Neff, 2023)


自分の苦しみに関心を向ける

1.苦しみへの注意の向け方の領域では、「マインドフルネス(mindfulness)」という注意の向け方が「自分の大切さを上げる反応」になります。

過剰同一化の低さ

苦しいときは、「人生の終わりだ」と過剰に捉えてしまったり、「考えないようにしよう」と過小評価してしまったりします。
このような反応は、過剰同一化(over-identification)という「自分の大切さを下げる反応」になります。

私達の心には、考えないようにすればするほどそのことを意識してしまうという特徴があります。

マインドフルネスの高さ

苦しみを減らすためには、まず苦しみにしっかりと向き合うことが求められます。
つらいとき、
「今どんな気持ち?」
「今の苦しみは何パーセントくらいだろう」
と、自分の苦しみに心を開き、それをあるがまま受容的に認めようとすることをマインドフルネスは表しています。

このような注意の向け方は、頭の中を整理することにつながり、新しい可能性の発見につながります。

 


人間らしさを意識する

2.苦しみの意味づけ方の領域では、「共通の人間性の理解(common humanity)」という苦しみの意味づけ方が「自分の大切さを上げる反応」になります。
これは人間らしさを意識するというものです。

共通の人間性の理解の高さ

何に対して苦しい思いをするかは人により異なりますが、誰もが人生で苦しみを経験する可能性があります。
つまり気持ちの落ちこみを経験することは人として自然なことで、人間らしさといえます。

自分の経験を人間らしさとして意味づけ、自分と他者の経験の共通性を意識することを、共通の人間性の理解は表しています。

孤立の低さ

一方、苦しみが生じた際に「他の人は幸せな人生をおくっているのに、どうして自分はダメなのだ」といった自分と他者を切り離して考えることもあるでしょう。
これは孤立(isolation)という「自分の大切さを下げる反応」になります。

孤立を意識してしまうと、私達人間は心に不調が生じ、他者に対して攻撃的になる傾向にあります。
つらいときに、「完璧な人なんていない」という人間らしさを意識することは、孤立を防ぎ、自分と他者の経験をつなぎ合わせるものになります。

 


自分の心をあたためる

3.自分の気持ちの感じ方の領域では、「自分へのやさしさ(self-kindness)」という自分の心をあたためる方法が「自分の大切さを上げる反応」とされます。

自己批判の低さ

つらいときは、「自分はダメ人間だ」といった自己批判(self-criticism)をしてしまうことがあります。
自分の行動を批判的に捉えて改善していくことも必要ですが、つらいときは自分の行動のみならず、自分らしさ全体まで否定的に捉えてしまう傾向にあります。

このため、自己批判は「自分の大切さを下げる反応」です。

自分へのやさしさの高さ

一方、自分へのやさしさでは、自分の心のエネルギーを回復させるために、自分に心やさしく向き合います。

自分へのやさしさは自分に向けた心の声に反映されます。
「大丈夫、ちょっと休もう」
「もう一歩、がんばろう」といった心の声は、あたたかく自分自身を支えようとするものです。

また、自分へのやさしさは苦しみにしっかりと向き合いそれを乗り越えようとする思いを表しています。
この点で苦しみから目をそむける自分に甘い状態とは異なります。

 


セルフ・コンパッションを示すとは

まとめると、
セルフ・コンパッションを示すということは、
苦しみに心を開いて(マインドフルネス)、
その苦しみを人間らしさという視点から捉え(共通の人間性の理解)、
心のエネルギーを回復させるために自分に心やさしく向き合う(自分へのやさしさ)と共に、
苦しみに過剰に反応せず(過剰同一化の少なさ)、
自分と他者の経験を切り離さず(孤立の少なさ)、
自分を否定しない(自己批判の少なさ)
ことを表しています(Neff, 2023)

 


セルフ・コンパッションの測定

セルフ・コンパッションには、
状況を問わず個人の中で安定している特性としての側面(特性セルフ・コンパッション)と、
特定の状況において示すスキルとしての側面(状態セルフ・コンパッション)があります。

測定基準の2つの尺度

クリスティン・ネフ博士による
「特性セルフ・コンパッション尺度(SCS)」と、
「状態セルフ・コンパッション尺度(SSCS)」は、
個人のセルフ・コンパッションの度合いの全体傾向を捉えるか(SCSの場合)、
あるいは特定の状況において個人がどの程度セルフ・コンパッションを示しているかを捉えるか(SSCSの場合)という点で異なります(☆)。
(☆クリスティン・ネフ博士の尺度に関しては、https://self-compassion.org/もご覧ください)

しかし、どちらの尺度も日本を含む世界各国で使用されており、適切にセルフ・コンパッションを測定できることが実証されています。(Neff, & Miyagawa, in press; Neff & Tóth-Király, 2022)

 


セルフ・コンパッションの効果

ふだんからセルフ・コンパッションの高い人ほど、心身の健康状態がよく、幸せを感じていることが示されています(Neff, 2023)
また、セルフ・コンパッションは心理プログラム等で高めることもできます(Neff, 2023)

さらにある特定のつらい状況に対してセルフ・コンパッションを示せるように訓練した人ほど、モヤモヤした気分が減り、他者に攻撃的にふるまわなくなり、また自分らしさや自分の目標が明確になることも示されています。
つらいときにセルフ・コンパッションを使うことは、私達の心と身体の健康や幸福感を高めるうえで有効と考えられています。

なおセルフ・コンパッションを高める方法については、今月号の特集3や特集5を、疑問は特集7をご覧ください。

 


文献リスト
●Neff, K. D.(2023). Self-compassion: Theory, method, research, and intervention. Annual Review of Psychology, 74, 193–218. https://doi.org/10.1146/annurev-psych-032420-031047
●Neff, K. D., & Miyagawa, Y.(in press). The State Self-Compassion Scale-Long Form and Short Form. In O. N. Medvedev, C. U., Krägeloh, R. J. Siegert, & N. N. Singh(Eds.), Handbook of assessment in mindfulness research. Springer.
●Neff, K. D., & Tóth-Király, I.(2022). Self-Compassion Scale. In O. N. Medvedev, C. U., Krägeloh, R. J. Siegert, & N. N. Singh(Eds.), Handbook of assessment in mindfulness research. Springer. https://doi.org/10.1007/978-3-030-77644-2_36-1


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