特集2
大切なのはConnection(つながり)(188号)
著者:松本俊彦 ※松本先生のDVDは→コチラ
(国立精神・神経医療研究センター)
私は依存症を専門とする精神科医です。
依存症の支援者の間では、かつてある神話が信じられてきました。
それは、
「1回でも薬物を使用すると、薬物がもたらす快感によって脳がハイジャックされ、人を薬物の奴隷に変えてしまう」というものです。
しかし、今日ではこの神話は否定されています。
植民地ネズミと楽園ネズミ
最初のきっかけとなったのは、約40年前、カナダの心理学者によって行われたある実験です。
その心理学者は、雌雄32匹のネズミを用意し、それらを居住環境の異なる2つのグループにふり分けました。
一方のグループは、1匹ずつ狭い檻の中に閉じこめ(「植民地ネズミ」)、もう一方のグループは、16匹雌雄一緒に広々とした場所に入れたのです(「楽園ネズミ」)。
当然、植民地ネズミは、他のネズミといっさい交流できませんが、一方の楽園ネズミは、広場の所々に遊具などが置かれ、仲間と自由に遊んだり、じゃれあったりすることができます。
心理学者は、これら2つのグループのネズミに対し、ふつうの水とモルヒネ入りの水を用意して与えました。
ネズミがレバーを押すと、つり下げられたボトルから、それぞれの液体がポタポタとネズミの口の中に滴るしかけとなっています。
そして、それぞれの環境に57日間放置し、どちらのネズミのほうがよりたくさんのモルヒネ水を消費するのかを調べる、という実験です。
●結果
興味深い結果でした。
植民地ネズミは、檻の中で頻繁かつ大量のモルヒネ水を摂取しては、日がな一日酩酊(めいてい)していたのに対し、楽園ネズミは、最初だけ少しモルヒネ水を試したものの、すぐに見向きもしなくなったからです。
楽園ネズミは、その後、モルヒネ水にはいっさい見向きもせず、ふつうの水だけを飲みながら他のネズミと遊んだり、じゃれあったり、交尾したりと、仲間との活動を楽しんでいました。
環境を変える
追加の実験が行われました。
長期間、モルヒネ漬けにされて薬物依存症になった植民地ネズミを、さらに2つのグループに分けるのです。
1つのグループは、檻の中の装置に手を加え、ある時点からネズミがレバーを押しても、まったくモルヒネ水が滴らないようにします。
そしてもう1つのグループは、楽園ネズミ達のいる広場へと移す(こちらではまだモルヒネ水を飲むことができます)わけです。
●結果
驚くべき結果でした。
檻に残されたネズミは、離脱症状に全身を震わせ、半狂乱になって何千回もレバーをくりかえし押し続けたのです。
そしてとうとう最後は、疲れ切り、絶望とあきらめの中で、ぐったりと身を横たえ、動くのをやめました。
一方、広場に移されたネズミは、仲間達とじゃれあい、交流を始めたばかりか、楽園ネズミのまねをしてふつうの水だけを飲み始めたのです。
もちろん、最初の2日間ほど、足を軽く痙攣させるなどの離脱症状を起こしましたが、それでもモルヒネ水に手を出すことはなく、3日目以降には、完全に元気な姿で仲間との交流を楽しむようになりました。
檻を抜け出して
この一連の実験は、依存症の原因は「薬物」ではなく「檻」にある可能性、より正確にいえば檻がもたらす「孤立」にある可能性を示しています。
今日、依存症の支援者の間では、次の言葉が共有されています。
曰く、
「アディクション(Addiction: 依存症、酒や薬に溺れた状態)の反対は、ソーバー(Sober: 素面)ではなく、コネクション(Connection: 人とのつながり、孤立していない状態)である」と。
このことは依存症に限った話ではないと、私は確信しています。
心の問題をこじらせ、やっかいなものにするのは、当事者の「孤立」なのです。
人生において最悪なのは、「ひどい目に遭う」ことではなく、「ひとりで苦しむ」ことであり、同様のことを熊谷晋一郎(くまがや しんいちろう)先生も著書の中で、「希望とは、絶望を分かちあうこと」と述べています。
ですから、私は当事者の皆さんにこの言葉を贈ります。
「自分の檻を抜け出して、仲間とつながろう!」