特集1
脳は健康にどう関係しているのか?(187号)
著者:安保寛明 ※安保さんの連載や動画は→コチラ
(山形県立保健医療大学看護学科教授)
読者の皆さん元気でお過ごしですか?
ときどき「カラ元気」になっていませんか?
「疲れてるな」と思いながら「疲れはどうしようもないものだ」と思っていませんか?
「自分は体力がない」ってあきらめていませんか?
私は精神科で働いていたことがあって、保健師・看護師としての目から健康管理のお手伝いをしたことがあります。
もちろん精神科なので「精神」に関わるのですが、多くの方に関心のあることを聞いていくと、「身体と脳を手入れする」ことは後回しになりやすいなと感じていました。
ここでは私が医療機関や学校、職場などでする「こころの健康増進のための話」を中心に、脳と健康の関係を紹介していきます。
脳は全身情報を集めて指令を出す
脳の役割は、全身から情報を集めて何をするか指令を出すことです。
目で見たもの、耳で聞いたこと、皮膚などで感じたことなどの情報を脳に送って、その情報を脳で解釈して対応を決めていきます。
筋肉を使って身体を動かしたいときには、運動神経を経由して身体に運動のための指令を出しますし、
暑さや寒さを感じたときには、身体の代謝速度を変えて発汗させたり、身体をあたためたりします。
伝え方もいくつかあって、交感神経や副交感神経を使って全身の臓器にいっせいメールのような指令を出したり、ホルモンを使ったメッセージを送ったりします。
いろいろ書いてきましたが、つまり脳は、全身のいろんなところに指令を出し続ける役割があるんです。
判断ミスは性格や症状じゃなく、脳の疲れかも
皆さんは「疲れたなあ」と思っているときに、漢字間違いをしたり、食器を洗っていて落としたり、言い間違いをしたりしませんか?
私はよくあります。
このとき、皆さんは「疲れ」は筋肉(身体)が疲れていると思っていませんか?
いえいえ、違うんです!
漢字間違いや言い間違いは、脳の誤作動(脳の疲れ)です!
だって漢字を書き間違えるのは、ペンを動かす指の筋肉が間違えたんじゃなくて、脳が出す指令の間違いですよね。
人間がやらかす多くのミスは「脳の誤作動(疲れ)」によって起こります。
つまり、私達の判断力や集中力、感情のコントロールの力が落ちている(と感じる)ときがあるとしたら、
それは、「気合や根性や性格の問題」じゃなくて、「脳が疲れているという問題」かもしれないのです。
たとえば、こんなことが起きていませんか?
「がんばって家に帰った後、つい無茶食いしてしまう」
「1日の終わりに家族に言われた一言に、ついカッとなってしまう」
「朝に目が覚めたのに、身体がついてこなくて布団から出られない」
これらも、「性格」の問題ではなく、単に「脳が疲れていて判断力等が低下し、普段はしない行動をしてしまう」のかもしれません。
私達が気合や根性と呼ぶものも、結局脳の元気の力を使うものなので、気合や根性で乗り越えようとしても無理!
ということになりますよね…。
脳も沈黙の臓器
皆さんは健康診断を受けていますか?
健康診断は受けたほうがいいですよ。
えっ精神科に通っている?
いやいや自分の身体の状態を全体的に知ることは大事です。
特に血液検査は脳に酸素や栄養が届いているか、不要な毒性物質が全身を攻撃していないかを知るために大事です。
ところで、肝臓と腎臓と膵臓(すいぞう)は大事な臓器だと聞いたことはありませんか?
これらは身体の中で不要な物質を排出したりする臓器で、とても重要なのですが、健康診断をしないとこれらの臓器の健康度はわかりません。
筋肉や胃や皮膚は、キズができたり大きな異変が起きたりすると、痛みによって教えてくれることが多いのですが、肝臓、腎臓、膵臓は、軽い炎症が起きてもガンができても、痛みでわかることが少ない沈黙の臓器なんです。
だから健康診断で、これらの臓器の健康度を定期的に調べる必要があるわけです。
私達は、肝臓や腎臓や膵臓の健康度を自分で把握できないように、脳の健康度も自分ではほとんどわかりません。
頭痛や頭の重さなどを感じなくても、実は脳はすでに疲れていて、脳が元気なときのような判断力や集中力や冷静さを発揮できなくなっているのかもしれないのです!
脳は「埋め合わせ」「とりつくろい」をする
ところで、皆さんは「ながら」作業をよくしますか?
たとえば本を読みながらラジオニュースやポッドキャストを聞くとか、車の運転をしながらラジオを聴くとかです。
このとき、脳はすばらしい能力を発揮しています。
それは、欠けている情報を埋め合わせるという能力です。
ためしに、次の文章を読んでみてもらえますか。
わたしは このぶしょんうをよみおっわたら おしいいおしかを たべいたです
この文章を読んで何となく意味がわかったのではないでしょうか(※)。
※埋め合わせた文章:わたしは このぶんしょうをよみおわったら おいしいおかしを たべたいです
そう実は、人間の脳のすばらしい能力の1つに、
「多少意味がわからなくても、過去の記憶と照らし合わせて意味を埋め合わせる」という能力があるのです。
このような脳のすばらしい機能があるため、少し脳の機能が低下して、目や耳で聞いたことを脳でキャッチできなくなってきても、少し考えることで「ああ、あのことか」と理解できるので日常生活にはすぐには支障が出ません。
でも、先ほどの例文のような文章を読むのは脳が疲れます。
疲れるけれども、なぜ疲れるのかは脳が脳に教えてくれることはありません。
だから、ある程度年齢を重ねたり、体調が悪い状態でいつもどおりの情報量に接したりすると、脳が処理できない量の情報が入ってくるので情報の受け取り漏れが生まれて、「いつもと同じことをしているはずなのに(脳が)疲れる」ということが起きるのです。
ストレスは、不快ではなく脳の疲れ
そう考えていくと「ストレス」という言葉の意味も整理しやすくなると思います。
もともと「ストレス」という言葉は、生理学者であるハンス・セリエが「脳の負担・負荷」という意味で使っていました。
若いうちは脳が疲れるなんていう感覚はあまり生まれないし、周囲の人から言われる制約が「覚えなければならないこと」になりがちなので、「ストレス=不快なこと」と誤解しがちですが、実際のところストレスとは「脳が判断しなければならないことが多い、高負担状態」のことを意味するのです。
たとえば「『家事をやって』と頼まれた」場面でストレスを感じたとしたら、それは
「家事をやりたくないのに『やって』と言われた不快」がストレスということではなくて、
「『家事をやって』と頼まれたことに、どう対応しようか(家事をやるか断るか)と考えるのが脳の新たな負担になる」ことがストレスなのです。
もしかしたら、抑うつを感じているときに起きることも、
「気持ちが落ちこむから動けない」のではなくて、
「脳が疲れて動けない(脳から指令が出せない)から、気持ちが落ちこむ(動けない自分に自信を失う)」のかもしれませんよ。
ストレス対処にいたわりを
皆さんは、ストレス対処に次のような気晴らしの方法を使っていませんか?
たとえば刺激的な動画を見るとか、
大音量で音楽を聴くとか、
アルコールを飲むとかです。
しかしこれらの方法は、気晴らしにはいいかもしれませんが、ストレス対処にはなっていないかもしれません。
なぜって、ストレスは「脳の負担状態」ですから、
ストレスを軽減するなら
「脳の負担を減らす」
「脳の調子を整える」ことが大事です。
視覚や聴覚から強めの刺激が入っても脳は休まりませんし、アルコールは脳の機能を低下させる物質で、むしろ脳に負荷をかけます。
脳と身体の調子を整えるためには、
呼吸を整えたり、
有酸素運動をしたり、
栄養状態のバランスをとったりする
ことのほうが脳の元気回復にはいいはずです。
『こころの元気+』でもよく登場するWRAP(ラップ:元気回復行動プラン)で最も重要なことは「自分をいたわる」ことなのですが、この「いたわり」に、自分の脳と身体を含む「内なる自分」へのいたわりがあるといいなと思います。
脳の元気のためには、
「脳が疲れ過ぎないようにする」
「脳にも休養を与える」
「脳に届く水・酸素・栄養を適度にする」
などがおそらく重要です。
今月の他の特集や私のワンポイント動画の⑧(以下)でも、「脳の疲れ」についていろいろと解説していますので、ご覧になってください。
☆安保さんのワンポイント動画(いくつもある内の⑧をご覧ください)
⑧「ストレス状態の時は脳の容量を回復させる!」