こころの元気+ 2010年8月号特集より
特集1
認知療法・認知行動療法が保険適応に!
慶應義塾大学教授
大野裕
認知療法(認知行動療法ともいわれます)は、落ち込んだり不安になったりしたときに考えていることに目を向けて、バランスのよい考え方をするようにして問題を解決し、つらくなった気持ちを軽くする治療法です。
認知療法は、アーロン・ベックという米国の精神科医がうつ病の治療をするために開発したものですが、その後、不安障害など多くの精神疾患に対して効果が確認されて、広く使われるようになっています。
わが国でも、厚生労働科学研究「精神療法の実施方法と効果に関する研究班」がその効果を実証してきたこともあって、平成22年4月から認知療法・認知行動療法が診療報酬の対象となり、保険が効くようになりました。
これによって、精神疾患の治療に幅が出てきて、より効果的な治療が提供できる可能性が出てきたのです。
精神療法がさらに身近に
これまでわが国の精神疾患の治療は、薬物療法が中心でした。
薬物療法は、効果が期待できるのですが、万能ではありません。しかも、一度に多くの種類の薬を大量処方する多剤大量処法が問題になっています。
一方で、認知療法に限ったことではないのですが、三〇分なり一時間なり、一定の時間を使った精神療法は健康保険でカバーされないために、自費で受けなくてはならず、経済的な負担が大きかったのです。
そうしたなかで、科学的根拠に裏づけられた精神療法(カウンセリング)を、健康保険を使って受けることができるようになったことは、とてもよかったと思います。
これからの課題
認知療法・認知行動療法が診療報酬の対象になったことは、精神科の治療の質の向上のためにはよかったのですが、いくつかの課題が残されています。
その一つが地域格差です。
つまり、こうした治療を提供できる医療機関が少ないために、認知療法・認知行動療法を保険で受けたくても、受けられない地域がたくさんあります。
そうした状態を解消するためには、国が必要な予算を使って、認知療法・認知行動療法をできる専門家を育てる仕組みづくりが必要です。
また、今、健康保険の対象になるのは、医師が行う場合だけに限られていますが、医師の数が限られていることを考えると、その他の職種の人が行った場合でも、健康保険が使えるようになることが大事です。
もう一つ大事なのは、薬物療法とじょうずに一緒に使うことです。
最近、マスコミなどを中心に、抗うつ薬の弊害が話題になることが増えています。もちろん薬は万能ではありませんし、副作用が出ることもあります。しかし、薬で助かる人も少なくないのです。
また、これまでの研究からは、薬と認知療法・認知行動療法を一緒に使うと、お互いの効果が強まることがわかっています。
白(薬)か黒(カウンセリング)かどちらかと決めつけないで、効果が期待できる方法をじょうずに利用する。
これこそ、認知療法・認知行動療法的な考え方なのです。
注意:2016年4月からは、うつ病の他に、社会不安障害・強迫症・パニック症・PTSDも保険の対象となり、看護師も認知行動療法ができるようになるなど、保険適応の幅が拡大されました。