患者さんとの新しい関わり方(医師)


「こころの元気+」2007年11月号


患者さんとの新しい関わり方
肥田裕久   千葉県/ひだクリニック院長


置き去りにされていたこと

WHO(世界保健機関)は、二〇〇一年に「コンプライアンスではなくアドヒアランスという考え方を推進する」という方向性を示しました。
アドヒアランスは「医療現場で患者が治療方法の決定過程に参加した上、その治療法を自ら実行していくことをめざすもの」として定義されます。
患者さんと医療スタッフの良好な関係が、治療をよいものにするきっかけになることはいうまでもありません。
そのためには先に述べた「治療方法の決定過程に参加」ということが一番大切なことかもしれません。
でも、今まで置き去りにされていたところでもあるのです。

野菜ジュースとカクテル

Wさんは三一歳の男性で、統合失調症の方です。
不安を感じることが多く、その際には決まった量より多く内服し、少し調子がよくなるとお薬を自己判断でのま なくなります。そのため「急に不安になったり、物をバーッて投げて壊したくなる」と言い、症状は安定しません。どうもお薬をのむことに抵抗を感 じ、いやいやのんでいるようです。
「たくさん薬があったってなにがなんだかわからない。効いているのかどうかなんてわからない」
とWさんは言います。 そこで野菜ジュースを例にとって説 明をしてみました。野菜ジュースには いろいろなものが入っています。身体 によいらしいが、何が入っているかわかりません。正体が知れない。おまけに苦い。Wさんはこんな感じでお薬を捉えているのかもしれません。
それからカクテルを引き合いに話しました。カクテルは澄んだ色をしていてなんだかのみ心地もよい。何が入っているかもわかっている。
もしかしたらきちんと自分の飲んでいるものがわかれば飲み心地も違うのかもしれない。飲みやすくなるかもしれない。
「薬ののみ心地を問うのが精神科であり、のんでいるかどうかをチェックするのは内科でしょう」
というのは中井久夫先生の言葉ですが、患者さんののみ心地を尋ね、そこに患者さんの主観的な体験を加味していく。これがまず治療への参加の第一歩です。

安心と希望

次にWさんにウルトラマンの話をしました。怪獣が毒ガスを吐くシーンを想像してください。どんなに強いウルトラマンでも毒ガスで攻撃されたら、ひどいダメージを受けてしまいます。そこでウルトラマンはバリアをはって対処します。
お薬も、毒ガスのように忍び寄ってくる症状にバリアをはってくれているのかもしれません。このようにお薬の大切さ、重要さを説明します。
むずかしい用語を使うよりもWさんが実感できるような例を持ち出してお話することが大切なのです。
患者さんが治療を実感できることが参加への第二歩目です。
ただ指示されたお薬をのむのではなく、処方の内容を知り、効果のイメージを実感すること。こうすると自分で納得してお薬をのむことができやすくなります。
つまり、こういう過程を通してアド ヒアランスができてくるのです。Wさんは、その後一〇〇%きちんと 内服するとまではいきませんが、自分 から進んでお薬をのんでいます。そして「これは俺にとって大切なものなんだなあ」「すこしは安心だなあ」と言います。笑顔も増えました。
医師は患者さんに薬とそこから生まれる安心感を処方します。それだけではありません。その患者さんが元気に なれて希望も処方できるのかもしれません。その中心にお薬との新しいつき あい方、自分で納得して薬をのめるこ と―アドヒアランスがあるのです。