「こころの元気+」2007年7月号より
病気の症状と不眠の関係
池淵恵美/帝京大学医学部精神科学教室
睡眠は「心の体温計」
「ぐっすり眠れて気分よく目ざめる」というのはとても幸せなことですし、心の病気、身体の病気を問わず、「睡眠」は回復度合いのとてもよい目安になります。
病気のいろいろな症状があっても、睡眠障害や食欲の低下がさほど重くなければ充分に外来で治療できることが多いのです。
反対に、不眠による日常生活への影響が重ければ、病気の重い症状がなかったとしても、よく用心して治療していかなければなりません。
熱が出ることが身体の病気の一般的な症状であるように、睡眠は「心の体温計」といってよいと思います。
統合失調症と睡眠
●統合失調症の黄色信号
不眠の程度はいろいろです。
寝つきが悪くなったり、何度も目ざめてしまったりしますが、総じていつもよりも睡眠時間が短くなってしまいます。
そうこうするうちに、イライラとして集中できなくなったり、物事に興味がもてなくなったり、逆にいつもよりも気分が上調子になって、普段やらないことをやってしまったりします。
これは、症状が悪化する前触れの「黄色信号」です。
この後で、本格的に症状が悪化してきます。こういう状態のときはたいてい、何かつらいことがあったり、はりきりすぎていたりすることが多いのです。
以前調子が悪かったときのことを振り返って、もし不眠があったとしたら、それはその人にとって黄色信号のひとつです。
黄色信号は、自分一人ではうまく思い出せないことも多いので、家族や主治医や、作業所のスタッフやデイケアスタッフなど、よく日常生活を知っている人に相談にのってもらうことをおすすめします。
そのときに、自分の黄色信号をメモ帳に書いておくとよいと思います。
まわりの人にもその黄色信号を見せて、気づいたら教えてくれるよう頼んでおくとよいでしょう。
黄色信号の期間は人によってさまざまです。
三日間以下の短い期間の人も二割くらいいます。
そして、黄色信号の期間が短い人では、気づいたら、すぐに病院に行く方がよいです。主治医にもその旨話して、協力を頼みます。
また、まったく眠れない、などの高度の睡眠障害が、もし二日間続いたら外来で相談した方がよいです。
統合失調症の具合が悪いときには、とにかく「ぐっすり眠れない」と思います。
薬物療法が効果を上げているかどうかは、睡眠の状態がとてもよい目安になります。
そのため、外来でも、入院中でも、「よく眠れましたか」としょっちゅう聞かれると思います。
●よくなってきたら
よくなってくると今度は、一二時間も一三時間も眠ってしまうことがあります。
しかしこれは、今までの疲れをとるための休養だと考えて、たくさん眠ってかまいません。
どれくらい休養期間が必要かは、それまでどれくらい調子が悪かったかによっても違いますし、とても個人差が大きいので、専門家の意見を聞いた方がよいと思います。
順調に回復する場合だと、昼間の活動が少しずつ増えてきて、それとともに睡眠時間が安定してきます。
もともと治療を受けていなかったときの睡眠時間プラス2,3時間というのが、適当な場合が多いです(これはとても個人差がありますよね)。
つまり多少多めに睡眠をとった方がよいということです。
しかしこれも杓子定規に考えないで、昼間元気で活動できることを目安にするなど、自分なりの基準が必要です。
また何かストレスがあるときには、しっかり睡眠をとることが大切です。
●回復が順調ではないとき
回復が順調にいかないパターンとして、長い睡眠時間から抜け出せず、起きても一日中活動する気が起きないことがあります。
この場合は、薬が合わない可能性がありますし、症状としておこってくることもあります。
これも自分の判断で薬をやめたりしないで、主治医に相談しましょう。
睡眠時間が不規則になってしまうこともよくあります。
いったん活動すると興奮が続いて休めなくなる代わりに、そのあと疲れて丸一日寝てしまったり、睡眠時間が日によって不規則になったりします。
これは病気の影響で、活動と休養のリズムの調整がうまくいかないことが関係しています。
うつ病と睡眠
●うつ病の黄色信号
うつ病の場合にも、前触れとして不眠があることが多いです。
長い間悩みごとをかかえていたりして、いつもぐっすり眠れない、疲れがとれないままなのに、疲れに気づかずに無理していると、何か月かして、うつ病の症状がでてきます。
後で振り返ってみると、慢性的な肩こりに悩まされていたり、だんだん好きだった趣味に興味がもてなくなったり、何らかの黄色信号がでていることがほとんどです。
うつ病の不眠は特徴があります。
すぐ寝つけるのに、早くに目覚めてそのあと眠れない、夢が多く何回も目覚めるなどです。
これはうつ病でおこる生理的変化と深く関係しています。
そういう典型的な睡眠障害ではない例もあり、悩みや不安が強い場合だと、寝つきが悪くなる場合があります。
また調子が悪くなると、だらだらと長く寝て、起きて活動できる時間が減る過眠の場合もあります。
それぞれ違ううつ病のタイプと考えられ、効く薬も違ってくる可能性があります。
●回復期と睡眠
回復とともに睡眠状態もよくなるのは、どの病気でもいっしょです。
抗うつ薬の効き目として、最初に睡眠が改善してくることも多いので、もしそういう反応があれば、そのときのんでいる薬は自分に合っている薬である可能性が高いです。
ただ他のうつの症状はかなりよくなっているのに、「ぐっすり眠れない」状態が続くことがあります。
主治医と相談して薬を工夫したり、基本的にうつ病は休養が大事ですが、休養だけでなく、徐々にいろいろな活動を増やしていくことが役立つ場合もあります。
しかし頑固な睡眠障害が回復後まで残る場合も残念ながらあります。
あせらないで、少しペースを落として仕事などをしながら、つきあっていくのがよいように思います。
回復途上では疲れやすいですし、もともとの睡眠時間よりも、少し長めに睡眠をとること、その目安は自分の昼間の体調にあることなどは統合失調症といっしょです。
そううつ病(双極性障害)と睡眠
●そううつ病の黄色信号
そううつ病では、そう状態の特徴としてまず、睡眠時間が短くなります。
「いつもよりもいろいろ活動して、あまり眠らなくても疲れないので、調子がいい」という状態です。
うれしいときにこうなるのであればわかりますが、しんどい状況のときに、本人が一発逆転や一念発起して無理をしたりしているときになったりするので、本人は「この調子でがんばれば何とか乗り越えられる」と思って、無理を続けてしまうことがおこります。
統合失調症などといっしょで、本人は黄色信号に気づかないことが多いのです。
そのため、今まで調子を崩したときのパターンを振り返ってみることと、家族やそばで生活している人に頼んで、警告を出してもらうことがとても役立ちます。
つらいときのがんばりすぎは要注意ということですね。
その無理ながんばりが睡眠にでてくるわけです。
●特徴
そううつ病の人は、自由人で、ものにこだわらずに、まわりに合わせて上手に生きていく人が多く、逆に規則的な生活や決まり切ったことが苦手です。
普段睡眠もバラバラで、その場ののりで生活していると、自分の黄色信号に気づきにくく、「いい調子」と思っているうちに、そううつ病のほうが悪くなってしまうことがあります。
自分の心の調子にうまく気づけない病気といえばわかりやすいかもしれませんが、その場ののりで活動するので、自分が調子がよいのか悪いのか、よくわからないという人が多いです。
睡眠時間や仕事量などをそれこそ体温計として活用して、毎日モニターすることで調子をはかることができますし、そういうことで、再発を防ぐことができます。
「こころの元気+」2007年7月号より