うつ病と運動(医師)


「こころの元気+ 2016年4月号(110号)」より  
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うつ病と運動

国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部
功刀浩先生

うつ病と運動

 現代は、車社会になり便利になった反面、運動不足が深刻になっています。
 平成26年国民健康・栄養調査によれば、20代で運動習慣(1回30分以上の運動を週2回以上)がある人は男性で約19%、女性は約10%、30代では男性約13%、女性約10%という数字になっています。
 人生で最も活動的であるはずの年代において、ほとんどの人が運動習慣を持っていないのは残念なことです。

うつ病の予防
 というのも、日ごろの運動は、ストレスをやわらげ、うつ病リスクを減らします。
 たとえば、アメリカの大学卒業生約1万人を長期間調査したところ、387人がうつ病を発症しましたが、卒業時に身体活動が多い者やスポーツ選手のうつ病発症率は身体活動がとぼしい者と比べて低かったという報告があります(Paffenbarger et al, 1994)。

運動療法
 さらに運動は、うつ病の予防だけでなく、治療にも有効であることがわかってきました。
 Cochrane databaseという権威あるデータベースに登録された最近の報告でも、うつ病に対する運動療法は、軽度~中等度の効果があると報告されています。
 うつ病の運動療法のパイオニアであるブルメンタールという研究者のグループによれば、運動療法を16週間受けた患者群と抗うつ薬で同じ期間治療された患者群、プラセボ(偽薬)で治療された患者群を比較したところ、運動療法を行った群と抗うつ薬治療群は、プラセボ群に比較してうつ病の寛解率が高く、運動療法と抗うつ薬の効果はほぼ同等であったと報告されています。
 さらに、運動療法や抗うつ薬によってうつ病がいったん改善した後の10か月後の再発率を比較すると、運動療法を自宅で続けていた者の再発率は、薬物療法を続けていた群の再発率より有意に低かったという報告もあります。
 つまり、運動療法で身に着けた運動習慣を続けていると、再発予防になることが示唆されます。

休息の本来の意味
 日本では、うつ病になると「休息」を勧められることが多いため「運動するのは治療によくないのでは?」と思われた方もいるでしょう。
 しかし、この休息の本来の意味は、「ストレスのかかることから離れる」ということであって、「ベッドで安静にしていなさい」ということではありません。
 うつ病における休息の重要性をはっきり示したのは笠原嘉先生ですが、有名な「小精神療法」の第二原則には、「できることなら、早い時期に心理的休息をとるほうが立ち直りやすいことを告げる」(笠原嘉著『軽症うつ病』講談社現代新書より)と書かれています。
 ストレスのかかる職場でうつ病になったのなら、しばらく休職する、衝突の多い人間関係があるのなら、そのような人間関係から離れる。
 心理的休息をとるというのはそういうことです。
 日本では、この「休息」という言葉だけがひとり歩きして身体も休ませたほうがよいというふうに定式化されてしまった可能性があります。
 しかし、長期間身体を休息していると、運動不足によるメタボリック症候群や糖尿病になってしまう方も少なくありません。これでは、うつ病を治すどころか、悪化させてしまいます。

実際の運動療法
 海外での運動療法としては、週に3~5回程度のウォーキングやジョギング(1回40分程度)やエアロビクスやダンス(1回20分~1時間)などが多いようです。
 筆者は、患者さんに自宅近くでのウォーキングを勧めています。歩数記録用紙を渡して診察時に歩数を報告してもらっている方もいます。
 最初は1回に5~10分のウォーキングで開始し、1週間ごとに5分ずつ長くして、最終的に40分のウォーキングを継続できるようになることをめざします。
 カナダのうつ病治療ガイドラインには、軽症~中等症のうつ病に関する運動療法(ただし薬物療法などの増強法として)の有効性が明記されています。
 日本のガイドライン(日本うつ病学会)では、運動療法は行われることがあるものの、確立した治療法とはいえないとされています。
 しかし、運動はやりすぎない限り、身体にも脳にもよい効果を与えることは明らかです(心不全などの重篤な内科疾患をもっている方は例外として)。
 うつ病の治療にとどまらず、一生の健康のことを考えれば、運動は積極的にやるべきでしょう。