うつ病とうつ状態(医師)


「こころの元気+」2017年9月号(127号)より ※こころの元気+とは→コチラ

「こころの元気+」の過去の連載
でも先生、ガイドラインにはこう書いてあるんですが…
わかりやすい「うつ病治療ガイドライン」

著者:杏林大学医学部精神神経科学教室 講師  坪井貴嗣

第2回 うつ状態とうつ病の違い 


うつ状態とうつ病

「どのような治療が勧められているのか?」というようなことが気になるかもしれません。
 しかし、まず治療の前に「診断が本当にうつ病なのか」ということをしっかりと治療者とともに見きわめていただきたいと思います。
タイトルのように、うつ状態とうつ病は異なるのです。

つまり、うつ状態だからといって、必ずしもうつ病とは限りません。
「うつ状態」というのは体の病気やさまざまなお薬や物質で引き起こされる可能性があります。また、うつ病以外のさまざまな精神疾患でも、もちろんうつ状態となりえるのです。

 当事者の方々には少し専門的すぎる内容かもしれませんが、表1のようなことを治療者が問診や診察、検査を通して判断し、うつ状態の原因をわかりやすく説明してくれているか、ということに着目していただくことが大切です。
 もちろんうつ病治療ガイドラインの中では「第1章 うつ病治療計画の策定」と題し、治療を行う前にまず考えるべき内容と強調し、ガイドライン普及講習の中でも重視していますので、安心して治療者にたずねていただければと思います。

表1:治療者が把握すべき情報のリスト
1)言い間違い・迂遠さの有無を確認
2)身長・体重、バイタルサイン(栄養状態を含む)
3)一般神経学的所見(パーキンソン症状、不随意運動を含む)
4)既往歴-糖尿病、閉塞隅角緑内障の有無を確認
5)家族歴-精神疾患・自殺者の有無を含めて
6)現病歴-初発時期、再発時期、病相の期間、「きっかけ」「悪化要因」、生活上の不都合(人間関係、仕事、家計など)
7)生活歴-発達歴・学歴・職歴・結婚歴・飲酒歴・薬物使用歴を含めて
8)病前のパーソナリティ傾向-他者配慮性・対人過敏性・発揚性・循環性・気分反応性の有無を含めて
9)病前の適応状態-家庭・学校・職場などにおいて
10)睡眠の状態-夜間日中を含めた睡眠時間、いびき・日中の眠気の有無の聴取
11)意識障害・認知機能障害・知能の低下の有無
12)女性患者の場合-妊娠の有無、月経周期に伴う気分変動、出産や閉経に伴う気分変動

うつ病の診断基準

 重要なのでくり返しますが、うつ病の診断は身体疾患などのさまざまな原因の可能性を取り除いたうえで、はじめて検討されるものです。
 なぜこんなに回りくどいのかというと、たとえば肺炎であれば、呼吸が苦しく熱があるという症状があり、検査をすると血液データで炎症の値が上がっていて胸のレントゲンで肺炎像が映りますので、診断がシンプルに確定します。
 このように客観的な血液データや画像所見などの指標があれば診断がわかりやすいのですが、うつ病にはまだそれに該当するものが確立していないというのが現状です。
 よって前述した過程を経て、うつ病の可能性がある場合、次に米国精神医学会が作成し、日本語に翻訳されたDSM-5のうつ病の診断基準(表2)にあてはまるかを治療者とともに検討してください。

 ここで大切なのは、どの症状がいくつみられるのか、ということだけでなく、同じ2週間の間に、「ほとんど1日中、ほとんど毎日、その症状がみられているか」ということです。

 たとえば、「出社している平日はつらいけど、週末は元気です」という状態の場合、平日病院に訪れたときはうつ状態かもしれませんが、もちろんそれはうつ病の診断基準を満たしていませんので、うつ病とはなりません。
 このように、うつ病と診断するにはいくつかのフィルターを通す必要がありますので、この辺りも治療者と共有していただければと思います。

表2:DSM-5のうつ病診断基準より一部抜粋
・以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。
・これらの症状のうち少なくとも1つは1.抑うつ気分、または2.興味または喜びの喪失である。

1.ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
2.ほとんど1日中、ほとんど毎日の、興味、喜びの著しい減退
3.著しい体重変化、またはほとんど毎日の食欲の減退・増加
4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥・制止
6.ほとんど毎日の疲労感・気力減退
7.ほとんど毎日の無価値観、罪責感
8.ほとんど毎日認められる思考力や集中力の減退、決断困難
9.死についての反復思考、反復的な自殺念慮、自殺企画、自殺するためのはっきりとした計画


profile
つぼい・たかし(杏林大学医学部精神神経科学教室講師)専門は精神科薬物療法で、ガイドラインの普及・作成にも関わっています。子育てと旅行に関心があり、子どもと一緒にウミガメと泳いでみたいです。

 

本連載は平成28年度日本医療研究開発機構障害者対策総合研究開発事業(代表者:渡邊衡一郎(杏林大学))の支援により行われています。